活動ブログ
2025年
12月
05日
金
東京国際空港記念建造物・羽田平和の大鳥居楽園ひろば、にて撮影写真12月5日夜お月さんと夜景、12月7日と8日早朝時間6時50分の平和の日の出、令和8年の今から初日の出が楽しみです。(撮影・吉田清光)
2025年
12月
04日
木
偽造の写真を掲載している穴守稲荷神社史
穴守稲荷神社が穴守稲荷神社史を平成20年3月31日発行した本の中に偽造の写真を掲載~下記写真は神社史の表紙から5枚目に掲載されていますので参照してください。
穴守稲荷神社が穴守稲荷神社史を発行した本の中に偽造写真を掲載,下記の写真に有る「鳥居の額塚」」を外した偽造写真を歴史的資料の神社史に掲載することは意図的、悪質である。この様な事は羽田の人は致しません。
『偽造写真』とは、事実とは異なる情報を伝えるために、意図的に作成、又は加工された写真のことです。本来「真実を写す」とされる写真の性質を悪用し見る人を欺く目的フェイクニュースの拡散、証拠の捏造、詐欺などで使われる悪質な行為である。前代未聞【穴守稲荷神社は、偽造写真を載せた神社史を回収する事です。】
上記の鳥居のカラー写真は表紙から5枚目に掲載されております。
昭和20年9月21日強制退去時に旧穴守稲荷神社が放棄し、旧羽田空港国際ターミナルビル前の駐車場に放置されていた鳥居でしたが、平成11年2月4日に弁天橋袂に電波障害との理由で移設された時の大鳥居のです。鳥居は、現穴守稲荷神社とは一切関係はありません。【羽田平和の大鳥居を管理している。みんなの羽田ボランティア推進の会です。ご理解のほどよろしくお願い致します。
皆さん区内の図書館であればご覧になることが出来ます。
2025年
11月
03日
月
文化の日にお化粧直し及び一部修繕を完了した平和の扁額を鳥居に設置
羽田平和募金にご協力賜りました皆様の真心のこもった募金の一部を使って平和の扁額の化粧直しをして鳥居に設置出来ました。ご協力頂いた皆様に感謝御礼申し上げます。
戦後80年、江戸、明治、大正、昭和初期までの隠されていた此の地の(羽田)歴史を蘇らせ後世に伝えている。東京国際空港記念建造物、羽田平和の大鳥居です。現在の穴守稲荷神社とは一切関係はありません「旧穴守稲荷神社が昭和20年9月21日の48時間以内での強制退去時に神社の扁額を外し鳥居を放棄し、放置されていた。又、祟りの鳥居、呪われた鳥居と異名を付けられ無主物扱いされていた大鳥居でしたが」、今では、此の地、羽田の歴史を守護し伝えている東京国際空港記念建造物、羽田平和の大鳥居として多くの人が訪れています。
みんなで心を込めて平和の扁額の化粧直しをしています
2025年
7月
26日
土
平和の大鳥居は日本に二ヶ所存在しております。
2025年
6月
23日
月
戦後80年、江戸、明治、大正、昭和初期まで隠されていた歴史を蘇らせ後世に伝えている。東京国際空港記念建造物、羽田平和の大鳥居です。現在の穴守稲荷神社とは一切関係はありません、また祟りの鳥居、呪われた鳥居、無主物の鳥居ではありません。「此の地、羽田の歴史を守護し伝えている羽田平和の大鳥居です。」
江戸時代、猟師の名主、鈴木弥五右衛門が羽田村名主、石井四朗右衛門に折衝して譲り受け、羽田猟師町請負新田として幕府に願い出て開墾の許可を得て開発し新田として羽田鈴木町、羽田穴守町、羽田江戸見町の三っの町を築き上げ徳川家康公と共に一生涯をかけて平和な国作りを漁民と農民と血と汗と涙の結晶で築き上げ鈴納稲荷から穴守稲荷神社を勧請させた此の地の開祖、氏神鈴木弥五右衛門は漁民や農民にとって良い名主でありたい。此の地で額に汗をし、必死で生きる漁民と農民が何の心配も無く安心して暮らせるよう力を尽くしたいと願い、決して村人の汗を無駄にはしない差別や偏見、隷従、収奪、搾取も無い平和な世に変え飢えや抑圧を村人から解放し力の限りを尽くし、村人が生きる喜びを実感できる夢のある三町を築き上げたのである。明治に入り一般参拝許可を得て穴守稲荷神社を中心として繁栄し京浜電鉄が、そこに目を付け線路を引き、羽田運動場(日本が初めてのストックホルムオリンピック予選会が行なわれた)羽田海水浴場開場式も行われた。野球場その他、テニスコート、遊園地、自転車競技場、大正に入り一大行楽地が形成され大正5年には日本飛行学校設立設立者「相羽有、玉井清太郎と共同営業を行ったが、大正6年5月20日芝浦で墜落死、後10月1日前夜から吹き募った台風による高潮の為、日本飛行学校初め稲毛飛行場が壊滅した後、昭和6年8月25日、日本初の羽田飛行場が開設された。~続く~羽田平和記念会館・羽田の歴史と平和の大切さを伝える記念会館が必要、内容は当会のホームページ「資料室」の羽田平和記念会館をご覧ください。
現在の羽田空港第三ターミナル付近で出土した旧日本軍の高射機関砲知られざる歴史、霞ヶ浦海軍航空隊予科練の基地が在った。(基地の出来る前は昭和6年日本初の民間空港で世界一周の記録をだした。
2025年
6月
17日
火
ユーチューブ動画「AI」・みんなの羽田ボランティア推進の会の公式サイトで公開
動画をCD、DVDに制作、無料配布いたしました。そのラベルシールの黒文字が色落ちしてしまうので販売店(ヨドバシ)とメーカー(ELECOM)で原因を調べているので、判明次第サイトで報告致します。配布先の方にはご心配をお掛け致しました。(原因が判明後良品とお取替えいたします。)
下記のCD、DVDの黒文字が色落ちしてしまうサンプルを掲載致しました。尚、みんなの羽田ボランティア推進の会公式サイトの動画でご覧頂けます。
2025年
5月
15日
木
平和の大鳥居の由来・ユーチューブで公開
2025年
4月
18日
金
空の日
2025年
1月
02日
木
旧穴守稲荷神社の一の鳥居は昭和20年9月21日放棄した鳥居で穴守神社のものは一切ありませんし関係もありません祟り、呪われた鳥居は噓っぱち!でっちあげ!管理者みんなの羽田ボランティア推進の会
忘れてはいけない。江戸、明治、大正、昭和初期まで、繫栄した町でしたが、第二次世界大戦が勃発し敗戦となり、3町に住む羽田鈴木町、羽田穴守町、羽田江戸見町の住民約3,000人余の人達が、東京飛行場の引き渡しとのことで米軍に町を接収され48時間以内での強制退去を命じられ現大田区当時の蒲田区長増田武夫氏から「緊急命令ニ依り立退ヲナシタルモノナルコトヲ証明ス」という一片の家屋立退証明書を発行されただけで先祖から授かった土地を収奪され町から追いやられたのです。その上、昭和4年に京浜電鉄が旧穴守稲荷神社に奉納した一の鳥居は穴守稲荷神社に放棄されたその上、祟りの鳥居と異名を付けられ平成11年2月4日に鳥居は移設され此の地に相応しい平和の扁額を鳥居に奉納し今日に至っております穴守稲荷神社とは一切関係ありません。
戦後生まれの私たちは2度と政府の行為による愚かで醜い且つ悲惨な戦争を繰り返さないことが今は亡き戦没者への恩返しと言う思いで、羽田平和の大鳥居と共に、世界一清潔で美しい空の玄関羽田、世界平和文化交流の架け空(はし)を未来の子供たちに遺し世界に広げる活動です。ご理解、ご協力の程ど宜しくお願いいたします。
平和に戦争は存在しないのです。戦争に平和は存在しないのです。
にも拘らず戦争をするのは人間ですが、しかし平和な国づくりを築き上げるのも、私達人間です。だったら【平和と健康と命が一番です。】
世界一清潔で美しい日本の空の玄関羽田、世界平和文化交流の空の架け空(はし)を目指す。東京国際空港記念建造物、羽田平和の大鳥居と共に空港関係
者の方々を始め平和の大鳥居に訪れた皆様は世界平和の指揮者です。
世界一清潔で美しい日本の空の玄関羽田、世界平和文化交流の空の架け空(はし)東京国際空港記念建造物、羽田平和の大鳥居
航空安全祈願を願う鳥居に対し不安をあおる誹謗中傷は言語道断、あるまじき行為、空港警察に訴える所存、速削除しなさい
祟り、呪われた鳥居は、噓っぱち!でっち上げ!此の地の江戸、明治、大正、昭和初期まで繫栄した。3町、羽田鈴木町、羽田穴守町、羽田江戸見町「現在は鈴木新田跡(史跡)大田区指定文化財の歴史を伝えている生き証人東京国際空港記念建造物羽田平和の大鳥居です。
・・・・・・・・・・ みんなの羽田ボランティア推進の会 公式サイト ・・・・・・










































